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いじめ問題を考える (加野氏の講演録)

1 はじめに

本記事は、2016年11月20日に京都大学で開催された関西教育フォーラム2016「いじめ問題を、もう一度。~行政×学者×遺族で創る『新しい教育フォーラム』~」内で行われた加野先生の講演録です。

2 いじめとは

 まず、いじめの定義について考えていきたいと思います。文部科学省の定義(2016年11月20日現在)は次のようなものです。

 「児童生徒に対して、当該児童生徒が在籍する学校に在籍している当該児童生徒と一定の人間関係のある他の児童生徒が行う心理的又は物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものを含む。)であって、当該行為の対象となった児童生徒が心身の苦痛を感じているもの。」(いじめ防止対策推進法より)

 最後の部分、「当該行為の対象となった児童生徒」が主語になっているので、基本的には、いじめた側に有無を言わせず、いじめを受けた側が苦痛を感じている場合は、その行為はいじめと認定されます。また、「インターネットを通じて行われるもの」という文言があることも、時代を反映しているという点で、特筆すべきといえます。

 さて、時代を遡ってみますと、より広範囲を包括するように、いじめの定義が変遷してきたことが分かります。以前は、「深刻な」や「継続的に」という文言を定義に含んでいたのですが、今ではそれらは取り除かれました。いま重視されているのは、あくまでも「いじめを受けた側が苦痛を感じている」ということで、極端に言えば、それさえ満たしていれば、その行為はいじめと認定されるのです。このように、いじめの定義は広くなってきました。その結果、いじめの件数が増えたともいえます。

 実は、いじめの件数はあまり信頼できるデータではない、と私は考えています。というのも、いじめの定義が徐々に広くなってきたことに加え、都道府県ごとのいじめに対する関心の強弱によって報告件数が変動するからです。ある県がいじめに対して強い関心を持っていれば必然的に報告件数は増加しますし、逆もまた然りです。ですから、いじめの件数を元にした議論は不毛であると、ご理解いただけると思います。

3 いじめの歴史

 いじめは1980年頃から新聞で取り上げられるようになりました。1970年代にはまだ、「いじめ」という名詞形でいじめが語られることはありませんでした。「いじめる」や「いじわるをされる」といった動詞形で、強い子どもが弱い子どもに辛い思いをさせているというようなことが報道され始め、1980年代になり、それらの行為に「いじめ」という名前が与えられました。

 大きなターニングポイントとなったのは、1985年の「中野富士見中学いじめ自殺事件」です。自殺した男子生徒の遺書の中に「このままじゃ生き地獄になっちゃうよ」という言葉があったこと、自殺直前に葬式ごっこを行っていたこと、しかも教師がそれに加担していたことなど、いじめが未だ広く認知されていない当時の社会にとっては、大きなショックであり、連日報道されました。この事件により、社会のいじめに対する関心が高まることになりました。私はこれを「第一次いじめパニック」と呼んでいます。

 ところが、何年かすると、いじめがメディアから消えていきます。代わりに、不登校が取り上げられるようになり、一度は高まったかと思われたいじめへの社会的な関心は、息を潜めました。

 このような中で、1994年に「第二次いじめパニック」の発端となる「愛知県西尾市中学生いじめ自殺事件」が起こります。この事件で自殺した大河内清輝君のお父様が、本日いらしている大河内祥晴様です(次記事参照<URL>)。この事件で衝撃的だったことは、いじめられていた男子生徒が104万円もの大金を脅し取られていたということです。当時の報道によると、当初清輝君は抵抗していたそうですが、ある時、川に連れて行かれて顔を水中に押し込まれ、大変な恐怖を感じ、それ以来いじめに抵抗できなくなってしまったといいます。

 これに続き、2006年に「第三次いじめパニック」が起こります。これは特定の事件があったわけではなく、いじめを原因とする自殺が多発したことがきっかけでした。学校や教育委員会の隠蔽体質が明らかになり、対応の不十分さが非難の対象となりました。また、この頃から第三者調査委員会が設けられ、いじめと自殺の因果関係を調査し、それに基づいた報告書を出す、といったことが行われるようになりました。

 そして、直近のものが、「第四次いじめパニック」で、2012年の「大津市中二いじめ自殺事件」を発端とするものです。改めて、学校や教育委員会の対応が問題にされたことに加え、2013年6月に制定された「いじめ防止対策推進法」の制定へと政府が乗り出す契機になりました。

4 いじめ防止対策推進法について

 「大津市中二いじめ自殺事件」を契機に成立した「いじめ防止対策推進法」ですが、以下にその要点をまとめます。

1.いじめ防止のための対策を総合的かつ効果的に推進 2.いじめ防止基本方針:例えば学校は、いじめ防止等のための対策に関する基本方針を定める 3.基本的施策:道徳教育や体験活動、教職員への啓発、いじめの早期発見のための定期的な調査、 組織体制の整備など 4.いじめの防止等に関する措置:いじめ防止のための組織、学校への通知、いじめの確認と情報共 有、加害者への指導、加害児童生徒への懲戒 5.重大事態への対処:重大事態が発生した場合は、組織を立ち上げ(第3者委員会)、事実関係を 把握

 2016年現在、制定から3年が経過し、見直しの時期に来ています。実際、この法律の制定後も、いじめとの関連が疑われる自殺の報道は絶えません。

5 いじめの特徴

①いじめは見えにくい

子どもたちは教師の見えないところでいじめをします。この性質より学校でいじめについてアンケー

ト調査を行うということになりました。

②いじめは学校現象である

第一にクラス、その次に部活がいじめの起こる典型的な場所です。いじめが最も多く起こる教室を見るのが教師である限り、いじめを教師抜きにして語ることはできません。

③いじめはしばしば「遊び」を隠れ蓑にする

いじめている側は遊びでやっていると言い、実際にそう思っている場合もありますが、いじめられている側にとっては大変な苦痛です。いじめられていることは子ども自身にとって恥ずかしいことです。そのため子どもは自分がいじめられていることを他者に伝えようとしません。アンケートをやったからと言って、いじめを100%発見できるわけではありません。

④いじめはしばしばしば立場が入れ替わる

暴力を伴って特定の子どもがいじめられる場合は立場が固定されていますが、日本では暴力を伴ういじめより、むしろ仲間はずれのいじめが多くを占めます。例えば学級の中に5人や6人のグループがあって、順番に1人1人仲間外れにされるといったことが起こります。そしてその立場が固定されないため、昨日までいじめられていた人が次の日は加害者になって他の人をいじめているということが起こるのです。

⑤いじめには理由(原因)がない

転校生や発達障害の傾向がある子がいじめられやすいということはあると思いますが、それは原因ではありません。「いじめには原因があるのではなく、きっかけがあるにすぎない」のです。

⑥いじめはエスカレートする

最初はからかわれることから始まり、その次にプロレスごっこでいつも押さえつけられるような立場になり、そして金品を要求されるようになる——というように、いじめは段々とエスカレートしてきます。そのため、早期にいじめに気づいていじめの芽を摘むことが重要になります。

6 いじめのタイプ

①暴力系のいじめ

ターゲットとして特定の個人を攻撃していく、犯罪との境界が曖昧であり、むしろ犯罪行為そのものであるとも言えます。金銭を脅し取るなどのいじめがこれにあたり、事件として扱われます。

②コミュニケーション操作型

仲間はずれなどがこれに当てはまります。子どもは学校の中で友達関係から外されると学校に行くのがとてもつらくなります。 日本では、悪いことをしたときに、「家から出ていけ」と言うように、集団から外すということが子どもにとってペナルティになります。 一方で、アメリカの子どもは悪いことをすると自分の部屋に閉じ込められます。出さないようにするということがペナルティとして与えられるのです。 メディアが主に取り上げるような暴力的で、自殺に繋がるようないじめだけではなく、仲間はずれにされることで学校に行くこと辛くなり、不登校になっていくといういじめがあります。むしろ日本では後者の方が主流であると言えるでしょう。

③ネットいじめ

スマートフォンの普及が進み、いつでもいじめることができ、匿名性が高いSNSを通したいじめが増えてきています。これは新しいタイプのいじめといえるでしょう。

7 いじめを防止するために

教師はいじめに対してセンシティブである必要があり、いじめの情報共有をしていかなければなりません。一番大事なことはいじめが不登校や中退に深く関係しています。そしてそれは人生を破壊してしまう可能性があります。

8 いじめているあなたに

いじめは明確な人権の侵害です。人間は誰もが危害を受けないで生きていく権利を持っています。他者と共存していく作法を持たなければなりません。

9 いじめられているあなたに

友達にしがみつくだけではなく、自分1人でいられる能力も大事だと思います。そして何より教師や親は皆さんの味方です。まずは周りの人に頼ってください。

10 加野先生プロフィール

加野 芳正

  1953年生まれ。広島大学大学院教育学研究科博士課程単位取得退学。香川大学教授。教育学部長、副学長を歴任。元日本教育社会学会会長。いじめ・不登校等の教育問題、ジェンダーと高等教育、マナーと人間形成について教育社会学的視点から研究を進めている。主な著書に『なぜ、人は平気で「いじめ」をするのか?―透明な暴力と向き合うために (どう考える?ニッポンの教育問題)』(日本図書センター)、『アカデミック・ウーマン―女性学者の社会学』(東信堂)、『マナーと作法の社会学』(東信堂)などがある。

(編集:松尾春来・川村鴻弥)

【関西教育フォーラム2016特集企画】もご参照ください ⇒ こちら





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